あなたの「不」はなんですか?
あなたの「不」はなんですか?
不安な時
抱きしめてくれる
人がいれば、安心できる。
不満な時、
一緒に解決してくれる
人がいれば、心は満たされる。
不便な時、
手をさしのべてくれる
人がいれば、便利は生まれる。
人の世の「不」を解消できるのは、
人しかいない。
あなたの喜ぶ顔が見たいから
人間が大好きだから
今日も私たちは考え続けます。
あなたの「不」はなんですか?
不安な時
抱きしめてくれる
人がいれば、安心できる。
不満な時、
一緒に解決してくれる
人がいれば、心は満たされる。
不便な時、
手をさしのべてくれる
人がいれば、便利は生まれる。
人の世の「不」を解消できるのは、
人しかいない。
あなたの喜ぶ顔が見たいから
人間が大好きだから
今日も私たちは考え続けます。
大人の哲学をもち、 子供のような純粋さを持つ人。
主流なのに、 心は反主流である人。
スーツを着こなすが、 ジーンズもはきこなす人。
人生を語れるが、 ジョークもうまい人。
有意義も好きだが、 無意味なことも好きな人。
ワインにも詳しいが、 恐竜にも詳しい人。
常識は持っているが、 決して縛られない人。
ITには強いが、 手紙は万年筆で書く人。
家庭を愛しているが、 時には家庭を忘れられる人。
孤独も好きだが、 社交も上手な人。
常に冷静だが、 時には情熱的になれる人。
クラシックも聴くが、 ロックも愛する人。
自信はあっても、 過信はしない人。
美術館にも行くが、 ジムにも行く人。
~BMWの広告より~
こんな風に生きられたら素敵ですね。
これが、大人の学び方、考え方なんだと思います。
さて、モノ余りで低成長時代と言われておりますが、そんな中、
あなたの会社の顧客が何に価値を感じて、製品やサービスを
購入しているか?
という問いに対して、明確かつ正しい解答ができますか?
今の時代、勝ち残っていくためには、この問いに対する明快な
答えを持ち、顧客が価値を感じるものを作り出していくこと
なんではないかと思います。
よく、ビジネス本に書かれていることですが・・・
そんな“価値”をつくりだしている会社が、写真館チェーンを
展開するA社。
写真館なんていうのは、成熟産業ですよね。
現状、次々に潰れています。
このA社は、そんな状況下で毎年20%前後の成長をとげ、
200億円近い売上げを実現しているんです。
これは驚き。いったいどんなヒミツがあるんでしょうか?
まず、このA社はターゲットを子供に絞っています。
ターゲットを絞る、これ、非常に大切ですね。
マーケティングの世界では常識ではありますが・・・
今や、“なんでも出来ます” “なんでも揃っています”
は、なんにも出来ません、なんにもありませんと同じ。
子供の写真といえば、A社。こういうブランドを築いているといえます。
でも、面白いですね。
少子高齢化が叫ばれている現代に、なぜ子供に特化??
普通はシルバーマーケットだろ・・・・
そう、思ってたら、多分この成長はなかったと思います。
それは当たり前の考えですから。
確かに子供の数は毎年減少していますが、子供にかける
お金の増減と少子化ということは、全く連動性がないんです。
「6ポケット」という言葉、聞いた事があると思います。
両親とそれぞれの祖父母の財布から一人の子供にお金が
出ていくことを“6ポケット”、最近では、それに両親の兄弟
の財布を加え、“8ポケット”と言われています。
つまり、子供のためにお金を出してくれる人は逆に
増えているということ。
A社は、そこをついたわけです。もちろん、それだけではありません。
大人と違い、子供の写真を撮るのは大変です。
そこで、子供を被写体にしながら、楽しく、ニコニコした、
ベストショットで写真を撮影するための様々な工夫をしています。
例えば、オモチャや、巧みな話術で子供の注意を上手に
引き付ける・・・なんてことをしているようです。
まさにプロの仕事ですね。
更に、普通の写真館では1ポーズの撮影でいくら、
現像した写真1枚にいくら、という料金体系になっているのですが、
A社は何ポーズ撮影しても料金が変わらないそうです。
1ポーズの撮影でいくら、なんていうとちょっと躊躇してしまいます。
A社では、衣装なども大量に用意されているため、両親は、
せっかくなので、ということで、子供にいろいろな衣装を着させ、
出来上がりの写真を画面で確認しながら、どの写真を現像するか
決めていく人が大半です。
結果、どうなると思いますか??
たくさんのポーズを撮った我が子や孫の写真を見た両親や
祖父母は、せっかく撮った写真を現像せずにはいられなくなり、
結局、多くの写真を現像するように注文してしまうのです。
当然、写真を入れるアルバムや額も注文するので、
3万~5万円の支払いをすることになるというわけです。
多くの写真を現像するということは当人が決めたこと。
そして子供のカワイイポーズとニコニコしている写真。
子供の写真といえば、A社、というふうになりますよね。
それは口コミを発生させるには十分です。
A社は、まさしく製品ではなく、価値を売っているんだと思います。
手軽に、且つプロの技術で我が子の成長記録を残す
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
という価値を。
T・レビットというハーバードビジネススクールの教授は、
自身の論文の中で、
映画会社は映画という商品を売っているのではなく、娯楽という価値
を売っている、鉄道会社は移動するという機能を売っているのだ。
と指摘しています。
例えばあなたが工具のドリルを売っているとします。あなたにとっての
売り物はドリルですが、顧客にとっては、ドリル自体ではなく、ドリルが
空ける穴に価値があるんです。
つまり、顧客は“ドリル”を買っているわけではなく、“穴を開ける道具”
を買っているのであり、あなたは、ドリルではなく、“穴を空ける道具”
を売っているということです。
自社の商品を単なる外見やハードウェアとしてだけ捉えるのではなく、
それはどんな価値を提供しているのか?を理解して、それを前面に
押し出した販売戦略を立ててみてはいかがでしょうか。
◎忙しい人ほど行動が早い
よく言われるように、
忙しい人ほど、メールの返事をすぐにくれる
ものです。
メールの返事が遅い人は、「すみません、忙しくて・・・・・・・」などと言うけれども、
そういう人ほど実は暇なのです。
本当に忙しい人は、メールなど来るたびにパッパッと処理していかないと、
次から次へと展開する仕事の中で埋もれてしまう。だから、すぐに返事をしないと心地悪いのです。
だから、忙しい人のメールの返事は、すぐ返ってくるか、
あるいは(埋もれてしまって)まったく来ないかのいずれかです。
でも、暇な人は他にたいした仕事がないから、しばらく放置しておいても埋もれないで済む。
だから、「“そのうち”返事をすればいいや」と考えても、別に心地悪いこともない。
数日もたって、忘れたころにようやく返事が来る。暇な証拠です。
ようやく返事をもらったほうは、「あれっ、こっちのほうが忘れてたよ」と思う。
同じように“引く手あまた”の忙しい人ほど、感情をすぐに行動に移すことを心がけている。
日々、たくさんのことをこなさないといけないから、感情も埋もれてしまいやすい。
それを知っているので、心に響いたことを、その場で行動に変えることを習慣にしているのです。
習慣となっているから、半ば反射的にできる。
それにしても、放っておけば消えてしまう感情を、
行動に変えることによって定着できるのはなぜでしょうか?
◎宝くじに当たっても金持ちになれない
感情を感じたことの表現として、たとえば「私は、感動した」とか、
「オレは、傷ついた」「僕は、ワクワクした」などという言い方をします。
しかし、よく考えてみると、決して“私が”能動的に感動したわけではない。
感動しようと思って感動したわけでもなくて、
「私以外の何かによって、感動“させられた”」というのが本当のところです。
もし、“私”が能動的に感動したというのなら、いつでも自由に感動できるはずです。
感動の感情は消えることがないはずです。
必要なときに、いつでも心を発奮させることができるはずですから。
しかし、現実にはそうではない。
だからこそ、「もう一度、発奮してみたい」と、刺激を求めて新刊書やセミナーをあさるわけでしょう?
気晴らしをしたいといって映画を観に行ったりするわけでしょう?
感情というのは、通常は“受動的”なものなのです。
あなた以外の何かによって、あなたは“感じさせられている”に過ぎない。
だから、感情を動かしてくれる“何か”がなければ、
あなたは自分の意志では感動したり発奮したりできないわけです。
たとえば、宝くじに当たったとする。「金持ちになった!」と思うかもしれませんが、それは間違いです。
“お金持ち”というのは、“欲しいお金、必要なお金をいつでも生み出すことのできる人”のことです。
宝くじが当たっても、その当選金を使い果たしたら、
もう次のお金を生み出すことはその人にはできません。
「また、宝くじが当たってほしい」と祈るくらいのことしかできません。
受け取るだけの人は、本当は決して豊かになれない。与える人が豊かになるのだ
とよく言われますが、その理由がここにあります。
与えることは能動的ですが、受け取ることは受動的です。
また与えられるのを待っていることしかできません。
もっと与えられるようにと願うことしかできません。実に無力です。
たまたま与えられたものはあなたのものではない。
自分の力で獲得したものだけが、あなたのものだと言えるのです。
◎感情を行動に変えることの意味
さて、「私は、感動した」と言うとき、それは本当は「私は、感動させられた」という意味ですから、
その感動は、“与えられたもの”です。
あなたの自由にはなりません。
感情は、受動的体験です。しかし、“行動”は能動的な体験です。
もちろん、無理やり“行動させられる”こともあるでしょう。
しかし、行動するかしないかの最終的な判断は、あなたが主体的に下すものです。
「納得いかないけれど、しかたがない。命令されたとおりにしよう」と判断し、
実際に行動に移すのは、やっぱりあなた自身です。
だから、“行動”は能動的なものです。
放っておけば消えてしまう感情を、行動に変えることによって定着できるのはなぜか? それは、
受動的な体験を、能動的な体験にシフトしたから
なのです。
今までは助手席に乗せられていたあなたが、今度は自分で“ハンドルを握る”ようなものです。
湘南に行きたければ行けばいいし、パーキングエリアで休憩したければいつでもそうできる。
このドライブは、あなた自身のものとなります。
あの本部長が話してくれた、「感謝の気持ちを、形で表わしなさい」という教え。
その本当の意味を理解するヒントが、ここにあったのです。
感謝の気持ちを感じる。「ありがたいなあ」と感じる。
でも、それはあくまでも“感じさせられた”感謝に過ぎないから、数日もすれば消えてしまう。
しかし、プレゼントを贈るという“能動的な行動”に変えることで、
その「ありがたいなあ」という感情を“あなた自身のもの”にすることができるから、
心に“定着”させることができる。
だからこそ、感謝の気持ちを燃やし続けることができるのです。
あのカリスマ本部長が言いたかったことは、
「ありがたいと感じたなら、その感謝を形にして自分のものとしなさい。
反省したなら、その反省を形にして自分のものとしなさい。
憧れを感じたなら、その夢を形にして自分のものとしなさい――」
ということだったのだと思うのです。
放っておいたら消えてしまう感情をしっかりつかみ取って自分のものとするには、
感情を、“能動的な行動”に変えるしかないのです。
お客さまに会ったその日に、感謝のハガキを書いて送る。
営業や接客に携わる人には、そういうことを心がけている人たちがいます。
そういうハガキをもらったお客さまとしても、決して悪い気はしないし、
その営業なり接客担当の印象が強く残ることでしょう。
しかし、彼らは、お客さまに好印象を与えるためだけにハガキを送るのではありません。
「忙しい中、話を聞いてくださって、とてもありがたい」という感謝の気持ちを、
自分自身のものとして、心に定着させるためにこそ、
感謝の気持ちを“ハガキに書く”という能動的な行動に変えることを心がけているのです。
◎“愛は永遠ではない”
実際のところ、“感謝の気持ち”というのは、
こんなふうにトレーニングを積んでいないとなかなか定着するものではありません。
「感謝しています」と言葉で言うのは簡単です。誰にでもできます。
しかし、それは本物ではありません。すぐに消えていってしまいます。
感謝の気持ちを感じたら、その気持ちをすぐにその場で行動に変えることが必要です。
そういう努力が必要なのです。
結婚しても、はじめの頃の恋愛を燃やし続けられる人たちだっています。
その人たちは、「この恋は永遠だ!」と信じこんだ人ではありません。
「この大切な恋も、放っておいたら冷めてしまうだろう。
この気持ちを“行動”に変えていく努力を怠らないことで、この恋ははじめて永遠となるだろう」
そういうことを、無意識にも感じ、それを実践している。だから、その恋はいつまでも冷めないのです。
一時の感情にまかせて気分が高揚するだけであれば、それは人間とはいえません。
動物だって同じことをしています。
“愛は永遠”ではありません。愛を永遠に“する”のが人間なのです。
私は、人に感謝するとか、人を愛するとか、人を思いやるというような、
自分を超えて人を思う温かい心というものは、“本能”ではないと思っています。
生まれつき、当たり前のように備わっている能力ではない。
人間として、努力して身につけていくべきものなのです。
自分の人生の目標をもち、夢をもつことは、誰にでもできます。
でも、その夢に対する憧れを燃やし続けるのには、努力が必要です。
すぐにその場で、気持ちを“行動”に変えることが必要なのです。
この本を読み終わって、それだけだったら、結局ひとつの刺激を楽しんだだけで終わってしまう。
どんなに得るものがあると感じたとしても、すぐに消えてしまいます。
だから、この本を読んで少しでも「なるほど」と感じていただけたなら、
その気持ちが消えてしまわないうちに何らかの行動に変えてください。
本を閉じたら、すぐにその気持ちを行動として形にするのです。
アクションプラン
◎気分が高揚したら、その場で“行動”に変える
たとえば・・・・・
●感謝の気持ちを、小さなプレゼントで表現してみる。
●「これって、いいアイデアだな」と思ったら、すぐに七通りの活用例を考える。
●「これって、いい言葉だな」と思ったら、すぐに会話の中で使ってみる。
●本や映画に感動したら、七人の知り合いに進めてみる。
●「あの人はどうしているかな」と懐かしく思い出したら、すぐに思い出した人に連絡してみる。
●失敗して反省したら、同じ失敗をしないための方法を七つ考える。
●欲しいけど、高額で手が届かない・・・・・・。まずはパンフレットだけでも入手する。
アスファルトの小さな小さな隙間から、
懸命に顔を出す草花を見ると、何か特別な輝きを感じます。
なぜなら私たちはそこに、
たとえ最悪と思えるような状況でも、
決してあきらめなかったものだけが放つ、
真の力強さと美しさの輝きを、垣間見るからではないでしょうか。
わたしたちはもっと輝いていい。
アスファルトに遠慮なんかする必要は、ないのです。
今日寝て起きたら、いつですか?
今日寝て起きたら明日って答える人がけっこう多いんですけど。
今日寝て起きたら今日。今日なんです。
明日って永久に来ません。実は明日という日は永久に存在しないんですよ。
私たちは、長い時間経過の中で、明日も明後日も生きているように思うけれども、
実は今という時間しか生きていないんです。
四次元的な話をしますけど、私たちの目の前には過去も未来も存在していません。
存在しているのは現在、今この瞬間瞬間の刹那だけ。その刹那の連続しかない。
だから、未来を心配することは無意味だ、
過去のことを心配し、悔いることも無意味だということです。
そんな暇があったら、今目の前にいる人を大事にしなさい、ということだけなんです。
人生はものすごくシンプルで、過去のことを心配する、悔やむ。
未来のことを一所懸命どうやって正しい道を選択しようかっていう人は、
正しい道を模索しているのかも知れないけど、そういう生き方ではなくて、
今目の前の事と人を大事にしてゆけばよい。
私たちが考えることは念を入れて生きるっていうことなんです。
念という文字は、「今」の「心」と書きます。
念じなさい、念じなさい、そうすれば未来は自分の思うとおりになりますと、
自己啓発セミナーなどは教えるんですけど、
念じることによって未来が自分の思い通 りになりますかってことは、
この念という言葉の中にはまったく存在しません。
なぜそれが言い切れるかっていうと、今の心としか書いていないからです。
今目の前の事と人を大事にすること、それが念を入れるってことです。
簡単なことなんです。
だからさっき言った過去のことの集積として現在がある、
その現在が自分にとって心地よくないのであれば、
それを評価論として悔いる暇に、そんなエネルギーと時間と暇があったら、
悔いている自分の未来をつくるための今目の前の事と人を大事にする。
私たちは人生をどう生きていくかってことについて、ああだこうだ考えることは全然ない。
今、目の前の事を大事にし、目の前の人を大事にする、それの積み重ねだけ。
それしか私たちはできないということです。
それ以外に過去に参加することはできない、昨日の人を抱きしめることはできない。
明日来る女性のことを抱きしめられない。
今、目の前にいるひとだけを抱きしめることができる。そういうことです。
人生がこれほどシンプルで楽であることを分かってしまうと、
なんにもエネルギーをとられる必要がないから、目の前の事と人とを大事にしていけばいい。
今の心とは、今目の前の人を大事にし、目の前の事を大事にすることです。
学校教育の中でも、
がんばれがんばれ、未来を自分の力でつくりあげなさいって教えられるけれども、
未来のことは考えなくていい、
未来のことを考えて心配している暇があったら、今目の前の人と事を大事にするだけ。
私たちの目の前にある人生というのは、今しかないんですね。
逃げる泥棒も追いかける警官も走る方向は同じ。
逃げる車もパトカーも走る方向は同じ。
でもね、それぞれの思いが違うんだ。
みんなもそう。幸せになりたいという方向は同じだ。
でも、思いが違う。