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ノムさん アーカイブ

2007年06月20日

山本さん イチローも同感してました!!

イチローが感慨深げに桑田を語った。

「すごく力が抜けている。がむしゃらな感じがない。
そういう気持ちを殺している感じが僕は好きです」

8回のピンチにブルペンから小走りに出てきた桑田を見て、
不思議な気持ちになったという。
「僕らが勝つためにはあそこで桑田さんを打たなくてはいけなかったんですが、
ちょっと抑えてほしい気持ちもあった」と正直に言った。

試合前にグラウンドで会話を交わしたことについては
「けがをしないのは何か特別なことをしているの、と聞かれた。
それで“特別なことをしないことが特別”と生意気な答えをしてしまいました」
とイチローは話した。

私がある恩師からいただいた言葉で
今もずっと思っていること

「当然のことを当然のようにこなす」
“ふつう”のことが“ふつう”にできること
これが素晴らしいことなんですよね

初心忘れるべからず
東スポ新米記者

2007年06月29日

桑田さん

マーリンズ戦7回に、2点リードで3番手として登板。
昨季新人王の先頭打者ラミレスに左翼席へ1発を浴びた。

1球目カーブでストライクを取った後の2球目。
「レインボール」カーブが真ん中に入り
「ボールでいいと思って軽く思ってたのがダメだった。
本当に初歩的なミス。何年やっても、こういうミスをするんだな」と反省した。

 それでも気持ちをすぐに切り替え、後続2人を抑えてリードを守った。
トレーシー監督は「ボールをもらうとき、マスミが謝ってきた。」
そんな必要はないのに。スペシャルなことだよ」と感激。

投球についても「非常にいい打者に対して2アウトを取った。
簡単な仕事ではなかった」と評価した。
デビュー戦となった6月10日のヤンキース戦でA・ロッドから2ランを浴び、
今季3失点目もやはり1発。連続無失点も5試合で途切れたが、
3ホールド目をマークした。

2007年07月24日

早くもノムさんブチギレた!休日返上しない楽天・球宴組を一喝!

プロ野球は24日、セ・パ両リーグともナイターで後半戦が始まる。楽天は23日、フルスタ宮城の室内練習場で全体練習を行った。野村克也監督(72)は、前日22日の練習を休んだルーキー嶋基宏捕手(22)を一喝。苦言はベテランの山崎武司内野手(38)にも及ぶなど、借金10で5位からの浮上を目指す後半戦は“ノムラのカミナリ”でスタートだ。

 報道陣と談笑していた野村監督が、鬼の形相となった。球宴に出場した嶋が、お礼と報告にきた瞬間だ。

 「お前みたいな新人でヘタクソが、休んでいいといわれて休んでどうする! 今年のドラフトは1位で捕手を獲るぞ!!」

 嶋は瞬時に硬直状態。前日22日も全体練習だったが、球宴出場組は休日を与えられていた。それでも若手は自主的に参加するだろうと野村監督は信じていたが、顔を出したのは鉄平だけ。特に捕手として期待する嶋が休んだのは許せなかった。

 「今は優勝チームに名捕手ありの時代。捕手の重要性が分かっているのなら、休もうなんて気は起きないはずだ」。45分間にも及んだ説教に嶋は放心状態。練習後は無言で引き揚げた。

 嶋だけではない。2日連続で休んだ山崎武と高須のベテラン勢にも苦言は続く。「自分がチームを引っ張っているという自覚がない。だいたい2日も休んで不安はないのか? これで(きょう)打てたら天才だ」。怒りの矛先は、休みを認めたコーチ陣にも及んだ。

 地元開催の球宴に7人が出場し、浮かれ気分が残るチームをまずは引き締めた野村監督。「残り60試合を35勝25敗で5割? そう計算どおりにいくはずないよ」。言葉とは裏腹に、落とした強烈なカミナリが後半戦に賭ける意気込みの表れだ。

2007年09月03日

楽天 強いぞ!3連勝で4位浮上

楽天が3連勝で4位に浮上した。一回一死一、三塁から山崎武の投ゴロの間に先制。七回に憲史の2点三塁打で加点。朝井が7回2/3を2失点で7勝目。小山は12セーブ目。西武は終盤に反撃も及ばず、3連敗で5位転落。
 野村監督は上機嫌だった。6月19日以来の4位浮上。会見室に現れると「雪は~降~る♪3連勝は何度目?」と鼻歌交じりに報道陣に質問した。4月のソフトバンク、5月のオリックス3連戦に続く今季3度目の同一カード3連勝。「じゃあ、雪は降らないわな。日常茶飯事だ」。もう、弱小チームとは言わせないとばかりに、得意げな表情だ。
 鼻歌が飛び出したのは球団初の5割に到達した5月30日以来のこと。監督を上機嫌にさせたヒーローは、先発朝井と憲史だ。朝井は五回まで毎回安打を浴びながらも粘り強い投球で八回途中を2失点に抑えた。昨年2勝止まりの右腕が早くも7勝目。「夢のようです。今は一戦一戦、必死にやってますから。数字は後からついてきますよ」と満面の笑みで振り返った。
 野手では憲史の活躍が光った。四回。G・G・佐藤の左翼への特大飛球をフェンス際でダイビングキャッチ。七回二死一、三塁の打席では山岸の直球を右線へダメ押しの2点適時三塁打とした。西武3連戦で礒部に代わり5番で起用された憲史は「監督は打ったら使ってくれる。しっかり見てくれているから一生懸命になりますよ」。選手のやる気を引き出す指揮官の手腕が4位浮上の原動力となっている。
 球団3年目にして初の対西武3連勝。試合前の西武・伊東監督の「今の楽天はうちより強いよ。ピッチャーがいいし」との言葉はお世辞ではない。ノムさんは、前カードの日本ハム戦ではヒルマン監督に「今、楽天が一番強い」と言われたという。他球団にも認められるようになった楽天。着実に成長している。

これです。

武蔵

2007年09月19日

「プロは結果が問われる」

古田兼任監督、退団を表明=「プロは結果が問われる」と決断-プロ野球・ヤクルト

 ヤクルトの古田敦也選手兼任監督(42)が19日、東京・明治記念館で記者会見し、チームの成績不振の責任を取って2年契約の切れる今季限りで監督を退任、現役も引退して退団することを正式に発表した。今後の進路は未定。球団は今後、後任人事に着手する。
 兼任2年目の古田監督は、「プロは結果が問われる。思うような成績が上げられず、ファンを失望させた。言い訳はできない。今年の初めから上位にいけなければ辞めないといけないと思ってやってきた。悔いはない」と監督退任の理由を説明した。
 捕手としてヤクルト一筋に18年間プレーした現役生活については、「直接の原因は肩を痛めたことだが、精いっぱいやってきた。肉体的な衰えもあるが、後進に道を譲る時と考えた」と話した。
 会見前にはヤクルト本社に堀澄也オーナーを訪ね、退団のあいさつを行った。同席した鈴木正球団社長は「再三、続投要請を続けてきたが、監督の意思が大変強く、きょうオーナーとお会いして、最終的に受けざるを得なかった」と語った。
 古田 敦也(ふるた・あつや) 兵庫・川西明峰高から立命大に進み、トヨタ自動車時代の1988年、ソウル五輪で銀メダルを獲得。ドラフト2位で90年にヤクルト入りすると、野村克也監督(現楽天監督)の英才教育を受け、1年目から正捕手で活躍。球界を代表する捕手に成長した。5度のリーグ優勝、4度の日本シリーズ制覇に貢献。最優秀選手(MVP)もリーグ、日本シリーズで各2度受賞した。91年に首位打者。05年4月にプロ野球32人目の通算2000本安打を達成。今年4月に通算2000試合出場を果たした。98年から労組プロ野球選手会会長を務め、06年から選手兼任監督に就任。180センチ、80キロ。右投げ右打ち。兵庫県出身、42歳

「プロは結果が問われる」

2009年01月21日

【フォアザチーム】

ヤクルトの監督になったばかりのころ、
ある選手がミスをしてベンチに帰ってくると、
控えの選手が「ドンマイ・ドンマイ」と言って元気付けようとした。

美しい光景に見えるかもしれない。
だが、それを聞いた野村監督は烈火のごとく怒った。

「ミスを笑って許すとは何事だ!そんなだから同じ過ちを繰り返すのだ。
傷をなめあうのはアマチュアのすることだ。戦うプロの集団がする事ではない!」

以来、ヤクルトでは慰めの言葉は一切禁止された。
そればかりかいつしかひとつのプレーをめぐって
選手同士で口論すら起きるようになった。

そして、そうしたことが頻繁に起きるのに比例して、
成績も上がっていったのである。

野村監督 就年3年目に初優勝を果たし、
その後の7年間・1998年にヤクルト監督を退任するまで
4度のリーグ優勝、3度の日本一に輝いた。

初心忘れるべからず 

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