この世の中は、すべてが自分の思い通りにはなりません。
うれしいこともあれば、イヤなこともあります。
ラッキーなときもあれば、そうでないときもあります。
どうしても好きになれない人が出てくるかもしれません。
でも、それが世の中であり、人生なのです。
けっして、楽しいことばかりが続くわけではありません。
自分のイヤな性格を見つめなければならないときもあります。
でも、それを受け入れることが、心理的に「大人」になることであり、
自立した人生を歩んでいくことなのです。
「他人と自分は違う」ということを受け入れられれば、
過剰に相手に期待することもなく、他人を尊重することができます。
悩んでいる人の多くは、この「他人と自分は違う」ということを受け入れられていないのです。
「相手は自分と違う人生を生きてきた別の人間」と思えること、
「離別感」を持って他人とつきあえる人が、心理的に「大人」なのです。
「自分の思い通りにならなきゃ、わたしヤだからね」は、子供の心理。
甘え、一体感願望なのです。大人の愛ではなく、身勝手な子供の愛です。
恋人でも、夫婦でも、あくまでも違う家庭環境で愛され、育てられた別の人です。
たとえ一緒に暮らしていたとしても、けっして相手が自分に属することはありません。
いくら愛情を注いでも、相手に自分の価値観を押しつけようとすると、
無用な苦しみを背負いこみます。
相手との共通性に感動し、互いに違いを学ぶ。
そして自分が相手を理解することに喜びを感じている状態。
それを恋愛期間と呼ぶのでしょう。
ネイティブ・アメリカンの人たちは言います。
「自然を愛するということは、晴れの日も雨の日も愛するということ。
自分に都合のいい晴れの日しか愛さないというのは、本当に自然を愛していることにならない」と。
そして、アウシュビッツ強制収容所から解放された、ユダヤ人心理学者、V・フランクルはこう言いました。
「人生を愛するということは、幸せな出来事も不幸な出来事も、すべてに意味があったと愛すること」。
だから、自分の妻を美しいから愛するのではなく、
シワがあり白髪がきわだっても「この人と過ごしたい」と思ったとき、恋は愛に変わるのでしょう。
あなたは、本当に人生を愛することを学ぶ時期にきているのかもしれません。
もう一度、この本を閉じるときに思い出してください。
「あなたは、大人になりたくてもなれなかった子供たちの夢の世界、
あこがれの世界で今、生きている」ことを。
恋愛の苦しみも、上司への苛立ちも、子育ての大変さも、それすらも体験したかったのかもしれません。
彼らの夢の世界で、わたしたちは今日も生きています。
奇跡、感動、幸せは、いつもあなたの隣で、あなたが見つけてくれることを待っているのです。


